「 ふれられる の、 いや?」 力無く首を横に振ることしか出来ないわたしは、まるで壊れた人形だ。 水晶体に映る彼の姿は 滲んで、ぼやけている。 黙ったままですこし経つと、髪に感じる感触。 大きな手が何度も髪を梳いて、やがて止まる。 上を向けないで俯いたままのわたしの顔に、彼の指が触れて、思わずビクッと身を震わせてしまう。 「 嘘、 ほんとは 抵抗あるだろ 、」 すこし苦笑して、でも、もう一度手が伸びてくる。触れられたいのに、触れられたくない、。 そういう矛盾したわたしのことは、なんでもお見通しらしい。 群青色に似た、だけど迫って目の前に来てみれば真っ黒だったそれ から、彼が掬い上げる。 光を遮断して、温度を拒んで、薄っぺらに笑うしかなかったわたし、を。 「おまえ は、 」 「 ふれられるのも、 やさしくされるのも、 」 「ほんとは戸惑うんだ、 」 「自分のテリトリーに 入ってこられるの、 きっと 心の何処かで嫌なんだよ、」 すべてを見透かされる、きっと伝わってしまう、。 鼓膜に注がれる声が、やわらかすぎて息が苦しくなった。 彼がひとつずつ、ゆっくりと搾り出す音を、わたしは掬った。 まるで皮膚から染み込んで来るそれは、わたしには温か過ぎて、戸惑うくらいにやさしかった。 触れられても やさしくされても、わたしは 泣きたくなるんだ。 そんな温かい行為を知らないから。 ぽとり、と 床におちたその水滴を 彼はゆっくりと凝視する。 嗚呼、感情が零れ落ちる。瞳から流れ出る、。 「 なあ それって 、 」 「弱くなるから?」 「独りで居られなくなるから?」 嗚呼 このひとにはわたしの心が見えるのだろうか、。 知ってしまったら忘れられなくなるから、わたしはその温度を知りたくなかった。 知ってしまったら、知らなかったそのときのわたしには戻れないから。 もう、いままでの、自分で自分を奮い立たせて生きていたわたしに、なれないって言われてるみたいで怖かった。 だからわたしは何も知らぬまま、目を瞑ってたって独りで居たのに、 「 何か 返そうなんて考える事もしなくていいし」 「おれが、 うんざりしたり 困ったり 迷惑に思うかもしれない、 なんて事も」 「なんにも考えなくていい 、 」 すべてが、躊躇われる。( 大袈裟だって、笑ってもいい、) それは、息をすることさえ、。だって、こんなにやさしい彼の前で、わたしの体内にある真っ黒い二酸化炭素を吐き出すなんて。黒くて汚くてぐちゃぐちゃの、わたしの、わたしの、。 「おまえは 、 もっとやさしくされたっていいんだ 」 「いいんだよ」 わたしのドロドロした醜い黒が、彼のやさしくて柔らかい白に 染み込んで汚さなければいいのに、 なんて、ぼんやり思うわたしの心を見透かすみたいに、強くなる腕のぬくもりに、能に侵入するその匂いに、ただわたしは馬鹿みたいに体液を流し続けた。我が儘に、瞳から零れる水を、この世界に排出し続けた。ただ、静かに。 20100910 |