「 ほら、飲みな 」






いつものようにマグカップを彼女に渡す。彼女が大好きなココア。 おれはもっぱらコーヒーしか飲まないから、このココアの出番は彼女がここに来た時だけ。






「 ありがとう 」






マグカップを受け取って、彼女はココアを口に含む。 いつもより甘めにつくったそれに、気付いただろうか。






「    、おいしい 」






深夜にピンポーンと鳴り響くその音に半ば夢の中だったおれは現実に引き戻された。 誰だよこんな夜中に、と文句でも言ってやろうかと思ったら、 インターホンのディスプレイに映るのは彼女だった。 眠気も吹っ飛んで急いで部屋を片付けて、部屋に招き入れた。


いつものようにソファーに座らせて、 いつものように何も話さない彼女が落ち着くまで、おれはおれのしたいことをして過ごしていた。 そろそろかと、落ち着いたのを見計らってココアを作って持っていく。 全部、いつものように。









































「     また、   あいつ か、?」






彼女の顔を控え目に覗き込んで、ゆっくりと。 いつもはわかっていても何も聞かない、   聞けない、 から。






「   うん、」






本当は聞かなくたって最初の声の様子でわかっていた。 ああ、また彼女は傷ついたんだと。あいつを想って傷付いているんだと。  あいつ、   彼女の恋人。どうしようもない、浮気性の男。 彼女はあいつに浮気されるたびにここに来る。 ここに来て、何も言わずに彼女のお気に入りのソファーに座ってココアを飲む。 今日だってそう、だ。






「          そっか 」






すべてがいつも通りだった。だけど今日のおれはどうしてか尋ねてしまった。 だからおれが傷付く必要なんてない。わかっていたんだから。  ( いまのおれはどんな顔をしているんだろう )



























「        、    いつも、ごめんね 」






沈黙の後 掻き消されるような声で彼女が言った。 震える声に驚いて彼女を見ると、頬を涙が伝っていた。 おれはただ止まっていた。 不思議なほどに動けなくて、彼女を見つめてしかなかった。  (  嗚呼 彼女を泣かせてしまった、)



















































































「 いいんだ、」






おれは何をしたんだ、 と思うのに時間がかかった。 すべてが長い長い永遠のようで、だけど一瞬の刹那。 彼女の瞳に吸い込まれるように近づいて、彼女の腕に触れて、ゆっくりと引き寄せて、 腕の中に閉じ込めた、その瞬間も。 彼女の体温がゆっくりと静かにひろがっていく。 呼吸が、心臓のおとが、腕の中で聞こえる。






「       ここ で、    泣いていいから 、 」






振り絞るのは、紛れもなく本音。だけど涙が出そうに、なる。 ( どうして、 ) 彼女が小さく震えるのに気付けるこの距離に、 心地良くてあたたかい彼女のぬくもりに、しあわせなのに、くるしい。




















「 ひとりで泣くな 」









































傷ついた彼女に付け込むようにこんなふうに抱きしめて、困らせて。 自分の気持ちに気づいていても、知らないふりをしている。おれが傷つきたくないから。 「 すきだ 」とも「 あんなやつ忘れておれにしなよ 」とも伝えられないままで、中途半端にやさしくしてる。


おれは、最低だ。












しあわせにならないで
そんなことを祈りながら彼女にやさしいふりをする俺は、   ずるい、





20091118
「なきたいくらいくるしくてうれしい」とセットです // 彼視点