煙草を買ってみようと思ったのは、ただの好奇心。 人混みですれ違いざまにあのひとと同じ香りがしたから、では決してない。 コンビニのレジで一通り眺めればすぐ目に入るパッケージがひとつ。 これ以外の銘柄はよく知らないから、迷うことなくその番号を店員に告げる。 刹那、何だか自分が悪いことしてるみたいで無駄に鼓動の音が大きく聞こえた。 まるで高校生が煙草を買う時に年齢確認されないかドキドキしてるみたい。( もう立派に成人なんだけどな、笑える ) 店員のマニュアル通りの「 ありがとうございましたー 」を背に自動ドアを出て、いつもよりゆっくり歩き出す。 深夜だから、蛍光灯の光がやけに眩しい。真下を通れば目が眩んだ。 くっきりとわたしだけを照らすから、まるで世界に私一人だけ みたい。 この道をときどき、あのひとと歩いたなあとぼんやり思いながら足を進める。 もうすぐ、家に着く。
あなたと別れてから
どれくらい経ったんだろう あのひとが此処へ来たときに使うから、 いつか仕方なく買った灰皿と100円のちゃちいライターを引っぱり出す。 ( まだ捨てなくてよかったな ) カーテンを開けてベランダに出る。 風が冷たい。少し肌寒くて、吐く息が白くなる。 もうすぐ本格的に冬が来るのだろう。 あのひとも冬にはこんなふうに、此処で白い息を吐きながら煙草を吸っていた。 ぼんやり遠くを眺めながら。 煙草を吸うのなんて初めてだから、一瞬どうしようかと悩んだ。 だから煙草を吸うあのひとの仕草を、あのひとを、思い出してみる。 記憶の中であのひとがしていたように、あのひとの真似をして。 箱を開封して1本取り出して、ライターで火を付ける。 そして恐る恐るくわえてみる。
比べるなんてばかばかしいけど
あなたはきっとわたしより 煙草が好きだった 月明かりに照らされて、わたしの周りだけがうっすらみえる。 煙草を買って、吸ってしまった罪悪感なんだろうか。 なんだか落ち着かない。静かに、穏やかにいたい、のに。 嗚呼 なんだかまるで、本当に犯罪者みたいだ。 悪いことなんかじゃないのに。 ( それともあのひとを思い出すことが悪いことなのだろうか、 )
だから
煙草にさえ嫉妬してたの いつもあなたの指で触れてもらえるから 少しずつ口内に拡がっていく、苦い味に むせそうになる。 でも、これはあのひとの味だ。 この煙草のほろ苦さがいつも、あのひとのくれるキスの味だった。 ( 嗚呼 泣きそうだ、 ) あのひとは煙草が好きだった。 あのひとを思い出すと、まず最初に煙草をくわえる姿が浮かぶくらい。 わたしは煙草が嫌いだった。 あのひとの煙草の香りは、いつしかあのひとの香りになったから。 プカプカと上がる煙は、服にも髪にも染みついて、いつまでも消えてくれないから。 まるであのひとに染められたみたいだったから。 嗅覚が記憶とリンクしてるみたいで、あのひとがいつまでも記憶の片隅にいるから。 嗚呼、なのに、 いまは、 こんなに懐かしくていとおしいなんて。
あなたはここにいないのに
プカプカとあなたの香りだけが漂って わたしに染みついて まるで消せないしるしみたいに いつまでもいつまでも いつもわたしに気を使って、どんなに寒くてもベランダで吸うところ。 普段はずぼらなクセに、吸殻を残さないように片付けて帰って行くところ。 そんなあのひとのやさしさに、わたし本当は気付いてた。 あのひとの香りが、あのひとの味が、ひろがっては消えていく。 朝焼け色の空に上がっていく紫煙を見ながら 「 苦い、」 と呟いた声は吸い込まれるように消えた。 火がゆっくりと静かに消える。 涙が一粒、ぽとり とこぼれた。 もうすぐ、朝が来る。 灰になってもまだ燃やして ( わたしの想いも あのひとの記憶も ぜんぶ、) ( うそ、ほんとうは、) チャットモンチーの『染まるよ』をBGMにして出来た文。 20091110 20091117, 加筆修正 |