彼とわたしは幼いときからの腐れ縁だった。 (つまり、そう、幼なじみというヤツだ) この世界にありふれた漫画やドラマの中の登場人物みたいな関係だった。 そんな“幼なじみ”だったわたしたちは、高校2年から“恋人同士”になった。 大して何も変わらなかったけど。 毎年彼と桜を見た。 いつからかそれは、毎年春の恒例行事だったから。 小学生の時も、中学生の時も、高校生の時も、毎年近所の桜並木を歩いた。 去年だって、 (たしかに見たのに) 嗚呼、なのに。 今年の桜は、見られそうにない。 だって今日は高校の卒業式だから。 わたしたちはここを巣立って、この街じゃない別々の街にいくのだから。 雪国だから卒業式に桜は咲いてなどくれない。それどころか入学式にだって間に合わない。 桜舞う感動的な卒業式、そんなものは所詮ドラマの中でだけでしかない。 どうしようもないのに。今日ほど桜が見たいと思ったことはない。 寂しさの理由はきっとこれだ。 (もう会えなくなるから、じゃ決してない) 帰り道。彼と肩を並べて歩く。 卒業証書の入った筒を子供みたいに振り回しながら。 何も変わらない日常。 制服を着るのも、彼とこうやって歩いて帰るのも、この道を通るのも、これが最後だって事を除けば。 「おい」 「ん?」 「手、出せ」 「は?」 彼は無理矢理わたしの右手を引っぱると、自分のそれをすっと伸ばして、小指をつかまえた。 そして静かに息を吸い込んで、 「ゆーびきりげーんまん、」 「うーそ つーいたら」 「はーりせーんぼーん のーます」 痛いくらいの力でわたしの小指を自分の小指で振った。 子供のころ、よくそうやったみたいに。 ・・・なんの、やくそく を? 「な、に、 勝手にやってん「おれさ、」 「卒業なんてなければ、」 「おれもおまえもこの街でずっと過ごしていけるんなら、」 「よかったなあ」 「絶対お前の手、放したくなかった」 馬鹿言え。 関係に変化があったとはいえ、わたしたちは十数年一緒にこの街にいた。 そんなわたしたちが離れ離れになったら何の意味もない。 想像したくもない。 ( でも) 「だけど、」 わたしを思考から現実に引き戻して、彼は続ける。 「もう、おまえの隣にすぐに行ってやれなくなるから」 「直接会って愚痴聞いてやれなくなるし、」 「凹んだときのヤケ食いにも付き合ってやれなくなる」 「ちょ、な、に言「風邪ひいたらポカリ買って、見舞いにも行けねえ、」 再度わたしを遮って彼は続ける。 ほんと、人の話を聞かない。昔から悪い癖だよそれ。 だけど文句ひとつ言えないのは、まるで知らない人の声みたいに、彼の声が熱いから。 彼の顔は真っ直ぐわたしを見据えていた。どうしていいか分らなくなる位。 でも目を逸らしちゃいけないんだ、最後まで聞くんだ、そう自分に言い聞かせて。 ひとつひとつ零れ落ちる彼の言葉を、わたしは掬った。 「 、うん」 「チャリの後ろにも乗せてやれなくなっちまう」 「うん」 「 何も出来なくなんだよ、」 「だから」 「元気でやれよ、絶対」 卒業式の日に泣くなんて、ダサいって思ってた。 指きりなんて子供染みた誓いは馬鹿みたいだって思ってた。 だけど涙が溢れ出しそう。 もう少しでいい、涙腺、壊れないで。 愛だの恋だの友情だの、この感情に名前なんか到底つけられない。 こんなにもわたしを知っている人がいただろうか。 こんなにもわたしを見ていてくれる人がいただろうか。 わたしは、 わたしは彼と過ごした時間を、彼を、大切に出来ただろうか。 彼の隣は心地よかった。 わたしの18年は彼がいたから成り立ってた。 「 、うん」 辛うじてひとこと、彼に返す。 ねえ、笑うから、どうか最後はあんたも笑って。 「よし。 ゆーび、 きった」 彼の小指の温もりが、静かに離れていく。 指切りさよなら ほんとは約束なんて大嫌いだった (だって人を縛り付けるじゃない) (片方が忘れたら意味がないじゃない) 「また一緒に桜見ようや」 お願い神様 時間を止めて。わたしたちの18年をここに閉じ込めて。 出来ないならせめて、彼にいつだって温かい光が差し込むように。(わたしのかわりに、見てて) 小指に残った彼の熱と、約束。 恋愛に終わりはあっても、腐れ縁の幼なじみには終わりはないって思ってもいい? 20091025 |